きのこの雑学・なめこの雑学
あらげきくらげの調理について


 「なめこ」は「しいたけ」に次いで、人工栽培が広く行われているきのこですが、栽培の歴史はそれほど古くはなく、昭和25年頃から、東北を中心に栽培されるようになりました。もともと「なめこ」と呼ばれるきのこは数種類あって、きのこ全体がはなはだしい粘性を帯び、ツルリと滑ることから、「滑る」という文字が宛てられて「なめこ」と呼ばれるようになりました。そのため、特定のきのこを指す名称ではなく、ヌメリを持ったきのこの一群の総称だったのです。具体的には、北海道から九州に至る全国各地のブナやミズナラなどの倒木上に発生するエノキタケやヌメリスギタケ、ツツエ(なめこの古名)の3種類のきのこが「なめこ」の代表的な品種とされていたのですが、現在ではツツエを「なめこ」と呼ぶようになったのです。

 「なめこ」の人工栽培は、大正時代後半頃から始まったと言われており、栽培方法はブナやトチなどの原木を使用してナタ目を入れ、胞子が付着するのを待つうと言う原始的な方法であったと言われています。昭和5年に京都府の森本彦三郎氏が山形県で採取した「なめこ」からオガコ種菌の培養に成功してから、山形県や秋田県の山村で原木栽培が盛んに行われるようになって生産量が伸びるようになりました。その後、国立林業試験場の北島君三博士の考案による種駒種菌が開発されたことで、天然なめこの産地において昭和40年代前半を最盛期に、原木による「なめこ」の生産がピークを迎えるようになるのです。

 オガコによる「なめこ」の菌床栽培は、昭和30年代後半から始まった「えのきたけ」や「ひらたけ」などの栽培から遅れて始まり、昭和38年頃に福島県で「ひらたけ」のオガコ栽培の際に間違ってなめこ種菌を植菌してしまい、それが偶然にも非常に良好な発生となったことによるのです。偶然に発見された「なめこ」のオガコ(菌床)栽培は、菌床の仕込みが冬場の農閑期の時期であったことから栽培が急速に普及するようになり、魚箱を使用したトロ箱栽培からプラスチック製の容器を使用した箱栽培へと展開するのです。昭和46年頃をピークに全国各地で栽培されるようになったのですが、シートで包んだだけの粗雑な方法であったことから、連作障害が各地で多発するようになり、生産量は頭打ち状態となってしまうのです。昭和40年代半ば頃から箱栽培に代わって袋栽培の技術が開発されるようになり、連作障害は改善されるようになりました。しかし、袋容器が1.5~2.0Kgと大型であったことから、殺菌不良や収穫期間が長期に亘るなどの不都合があり、昭和50年代半ば頃から800g程度の小型袋での栽培技術が開発されました。小型の培地を使用するようになったことで、収穫期間が短くなり、この頃から生育温度を調整して年間を通じて栽培を行う「周年栽培」も始められるようになるのです。昭和60年代に入ると機械化が可能なビン栽培への切り替えが進み、種菌メーカーによる短期栽培型の品種も次々と開発されるようになったことで、近年のような省力化された大規模な施設空調型のなめこ栽培が主流となるようになったのです。





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