株式会社キノックス

きのこ驚きの秘密・その5

ツキヨタケの学名

夜になると光を発する毒きのこで知られるツキヨタケは、これまで日本特産のきのこであると考えられてきました。しかし、欧米のツキヨタケに類似のきのこである「Jack O′Lanterm」の英語名で知られるアンズタケ型の発光性きのこ(Omphalotus olearius)が、近年の分子系統学的研究などによって同一のものであることが、2002年にオーストリアのKirchmairにより報告されたのです。このことにより、ツキヨタケは3回も新種としての学名が記載された経緯を持つきのこであることが判明したのです。
  ツキヨタケはこれまで日本特産のきのこであると思われてきたことから、新種記載はすべて日本で採集されたものが関係していました。第1回目の学名の新種記載は、イギリスのチャレンジャー号に乗船していた生物学者のモーズリィで、当時日本に滞在していたイギリス海軍軍医で南方熊楠とも交友の深かったディキンズから標本を譲り受けてバーケレイが調査した結果、1878年にAgaricus guepiniformis Berk.と命名されました。
 その後、1889年に東京帝国大学の薬理学者で、フグ毒の研究で有名な猪子吉人がツキヨタケを新種として認め、Pleurotus noctilucens Inokuma と学名を付けたのですが、この学名は既にヨーロッパで別のきのこに付けられた名前(先行同名)であったことから、採用はされなかったのです。
 第2回目の新種記載は1902年で、駐在フランス公使を務めたアルマンが日本で採集したきのこの標本をフランス本国に送り、菌学者のアリオとパトイラーによってPleurotus harmandii Har. & Pat. として新種報告がなされています。
 ツキヨタケを改めて新種として報告したのは、20世紀前半に活躍した日本の菌学者で「原色日本菌類図鑑」の著者として知られている川村清一で、ヒラタケ属の菌としてPleurotus japonicus Kawamura と命名し、1910年に第3回目となる新種記載を行っているのです。
 同年、ドイツ生まれの20世紀で最も精力的に活躍し、これまでのきのこ分類学を塗り替えてしまうような新種などを発表した実績を持つきのこ研究者であるシンガーは、太平洋戦争直後の在日アメリカ陸軍より送られてきたツキヨタケの標本を調べ、胞子の大きさやヒダの化学成分などの違いから、ヒラタケ属とは別属のきのこであると判断し、1947年に新属のLampteromyces (光きのこ属)を創り、Lampteromyces japonicas (Kawamura) Singer と命名して属名の変更を提案しています。
 その後、2002年になって、Kirchmairによりツキヨタケは欧米のOmphalotus olearius と同属であることが報告されたことから、最も古い種小名を組み合わせた、Omphalotus guepiniformis (Berk.) Neda を最新の学名にすべきであるとの発表がなされました。しかし、これまで100年近くjaponicus の種小名が分類や生態の研究分野で広く用いられてきたことから、急な学名の変更には問題があるとの判断で、1910年に命名された第3回目の新種記載の学名であるPleurotus japonicus Kawamura が保存名として認められたのです。その結果、命名ルールに従い、Lampteromyces よりも命名の年代の古いOmphalotus が採用され、Omphalotus japonicus (Kawamura) Kirchm. & O.K.Mill がツキヨタケの現在の正式な学名として2006年にようやく認められたという経緯があるのです。

原色日本菌類図鑑
(1949年)

川村清一
(1881~1946年)

 

(ツキヨタケの学名の推移)

Omphalotus olearius
 欧米のツキヨタケ類似発光きのこ「Jack O′Lanterm」(1878年以前に命名)
第1回目の学名:Agaricus guepiniformis Berk. (1878) :新種記載
第2回目の学名:Pleurotus harmandii Har. & Pat. (1902) :新種記載
第3回目の学名:Pleurotus japonicus Kawamura (1910) :新種記載
第4回目の学名:Lampteromyces japonicus (Kawamura) Singer (1947):属名変更。シンガーにより、属名の変更が提案。
第5回目の学名:Omphalotus japonicus (Kawamura) Kirchm. & O.K.Mill (2002) :属名変更。Kirchmairにより、日本のツキヨタケが欧米のOmphalotus olearius と同属との報告を受け、属名が変更。
第6回目の学名:Omphalotus guepiniformis (Berk.) Neda (2002) :種小名変更。森林総研の根田氏より、種小名変更の提案。
第7回目の学名(現在の学名):Omphalotus japonicus (Kawamura) Kirchm.& O.K.Mill (2006) :保存名。第3回目の種小名を残した保存名とすることを決定

参考文献 : きのこミュージアム(2014年)

著者:根田仁、発行所:八坂書房