株式会社キノックス

きのこ驚きの秘密・その5

ひらたけの学名

「ひらたけ」の学名はPleurotus ostreatus (Jacq.:Fr.) P. Kumm. で、北半球温帯に広く分布することから、ヒラタケ科ヒラタケ属の食用きのことして世界各国で広く利用され、人工栽培も盛んに行われています。日本でも古くから食用のきのことして知られており、「今昔物語」などにも登場する、しいたけ同様に食経歴の長い人気のきのこです。近年では、全く科の異なる別種のきのこであるキシメジ科シロタモギタケ属の「ぶなしめじ」にすっかり人気の座を席捲されてしまった状態となっていますが、最盛期には36,000t(1989年)にまで生産量を伸ばした実績があります。「ひらたけ」という名前では馴染みがなかったことから、人気の「ほんしめじ」にあやかって「○○しめじ」と言う名前で盛んに栽培されるようになったのですが、1978年に日持ちの良好な「ぶなしめじ」が開発され、分類学的にも「ひらたけ」よりもホンシメジに近縁であることから「○○ほんしめじ」という名称で販売されるようになってからは、販売店とネーミングからの消費者との両者から支持されるようになり、一気に生産量が逆転する結果となってしまったのです。「ぶなしめじ」は比較的栽培歴の新しいきのこであるにも拘わらず、開発から12年余りで「ひらたけ」の生産量をはるかに追い越し、2012年にはこれまでの最高となる120,000tを超える生産量となったのです。「えのきたけ」に次ぐ生産量を記録するまでになったのに対し、「ひらたけ」は逆に2,000tを下回る1/20近い生産量にまで減少してしまいました。しかし、近年は本来の「ひらたけ」の味の良さが見直され、日持ち良好な新たな品種も開発されるようになってきたことから、これまでとは異なった灰色の傘を大きく生長させた本来のひらたけ型の形状で栽培されるようになり、生産量は2,500tと回復傾向が見られるようになっています。 「ひらたけ」の学名に関しては、他の属に移されることやより優先する種小名に置き換わることもなく、1871年にヒラタケ属ができた時から現在に至るまで、変更されることなくそのまま使用されてきた経緯があります。しかし、分類学的に全く問題がなかった訳ではなく、「種」の誤同定や「近縁種」との混同があり、現在に至っても学者間においても何かと分類的な問題がいろいろ取り沙汰されることの多いきのこなのです。「ひらたけ」の形状は生育環境により大きく異なる傾向があることから、同一のきのこが全くの「別種」と思われても不思議ではないのです。そのため、形態の異なる「ひらたけ」は、それぞれ別の学名が付けられてしまうことも少なくなかったようです。また、近年でも「ひらたけ」の種の中には色や形の似ているものが多いことから、混同されてしまうことが多く、しっかりと識別することは専門家でもなかなか容易ではないのです。 今関六也らは1952年に「ひらたけ」の近縁種として、幼時に青味を帯び、冬の寒い時期に発生し、「ひらたけ」とは交配しないひらたけ型のきのこをカンタケ(Pleurotus spodoleucus)として報告したのです。しかし、1977年に大平郁男らは「ひらたけ」とは交配しない類似菌をウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)として同定・報告しています。その後の調査の結果、これらきのこの関係については、今関らが報告したカンタケは実は「ひらたけ」であり、「ひらたけ」と思っていたきのこがウスヒラタケと判明したのです。つまり、今関らはウスヒラタケを「ひらたけ」と混同し、間違って同定していたのです。現在では、「ひらたけ」とカンタケはシノニムであることが判明し、同一のきのこの扱いとなっています。

(ひらたけと近縁なきのこ)
ウスヒラタケ
学名:Pleurotus pulmonarius (Fr.) Quel.
和名命名者:大平邦男
命名年:1977年

特徴:「ひらたけ」に形状が極めて類似したきのこであるが、傘肉が薄く、小型であることが特徴。生育環境により形態が大きく異なり、大型形状のきのこになることも多い。「ひらたけ」とは交配しない。

ヒマラヤヒラタケ
学名:Pleurotus sajo-caju (Fr.) Sing. 
和名命名者:新井 滋
命名年:1982年

特徴:1821年にフリースが命名した、熱帯に広く分布するひらたけ型のきのこで、新井滋が和名を命名。インドの研究者(Jandaick)が同定し、人工栽培が可能であることを発表したことで話題となる。日本では、ネパールヒラタケや「ほうびたけ(鳳尾菇)」などの名前で呼ばれることもある。その後の研究において、P. sajo-caju (Fr.) Sing. の学名が別種のきのこ(誤同定)に誤って用いられたもので、Jandaick の報告したきのこはウスヒラタケと判明。P. sajo-caju (Fr.) Sing. の正式の和名は根田により、ネッタイカワキタケと命名。肉質が強靭で、柄に明瞭なツバを有することが特徴。学名由来はインドネシヤ語の「sayur(野菜)+kayu(木)」にあたり、「木に生える野菜」の意味で、若い時は食用となる。「ひらたけ」とは交配しない。

トキイロヒラタケ(白)
学名:Pleurotus djamor (Rumph. ex Fr.) Boedijn
和名命名者:本郷次雄
命名年:1973年

特徴:全体がピンク色をした美しいきのこで、海外ではPleurotus salmoneostramineus Lj.N.Vassiljeva などいろいろな学名で呼ばれることが多いが、すべて同種であることが判明。1821年に発表された白色のP. djamor (Rumph. ex Fr.) Boedijn の変種。1980年に日本でも白色タイプが沖縄や小笠原に生息することが報告され、根田らの調査によりトキイロヒラタケと交配可能で、ただの色違いの同種きのこであることが判明。「ひらたけ」とは交配しない。

エリンギ
学名:Pleurotus eryngii (DC.:Fr.) Quel.
和名命名者:日本菌学会
命名年:1998年

特徴:日本には自生しないが、南ヨーロッパや中央アジア、北米などの草原地帯に発生する草原型の腐生性きのこ。ヨーロッパでは昔から人気のきのこで、和名は学名(種小名)をカタカナ読みで学会が命名。1993年頃から日本でも人工栽培されるようになり、今では年間生産量が39,000t(2017年)とマイタケに次ぐ第5位の生産量を誇るきのことなっている。「ひらたけ」に比べて肉質が堅く、日持ちの良好なきのこである。生育環境により形態が大きく異なり、「ひらたけ」とは交配しない。

バイリング
学名:Pleurotus eryngii var. tuoliensis C.J. Mou (1987年)
和名命名者:日本菌学会
命名年:1998年

特徴:エリンギと形状の似たきのこで、近年、日本でも人工栽培が行われるようになっている。栽培したバイリングは柄の立派なエリンギとは異なり、傘が大きく生長したきのこである。しかし、野生のエリンギは傘が大きく、バイリングとの形状の違いには大差が認められない。DNA解析などの根田らの調査によれば、バイリングはエリンギと部分的に交配可能であり、極めて近年な「種」の関係にあることが解明。遺伝的にはエリンギやP. nebrodensis (Inzenga) Quel. と別のグループで、中国で独自に進化したエリンギの変種であることが判明。「ひらたけ」とは部分的(約20%)に交配する。

オオヒラタケ
学名:Pleurotus cystidiosus Miller
和名命名者:青島清雄
命名年:1980年

特徴:傘が20cm近くにも生長するひらたけ型の大型きのこで、肉質は非常に堅い。寒天培地やオガコ培地上で、黒色のコレミウムを大量に生じることが特徴。25℃以上で生育する高温性のきのこで、菌傘が黒味を帯びることから「(黒)あわびたけ」と呼ばれることもある。ヒダの周縁が黒味を帯びるタイプを「くろあわびたけ(Pleurotus abalonus)」として別種とする考え方もあるが、両者は交配可能であることが判明しており、同種と考えるのが妥当。「ひらたけ」とは交配しない。

霜降りひらたけ
学名:Pleurotus 属(種間交配品種)
和名命名者:ホクト株式会社
命名年:2012年

特徴:「ひらたけ」とエリンギは直接交配しないが、欧州産のエリンギの仲間(P. nebrodensis)を介することで、「ひらたけ」にエリンギの遺伝子を人為的に導入させた変種間交配品種。細胞質遺伝子は「ひらたけ」であることから、きのこは「ひらたけ」に近い形状をしている。これまでの欠点だった日持ちの悪さを改良した品種として、注目を浴びている。「ひらたけ」とは部分的に交配可能である。

 

参考文献 : きのこミュージアム(2014年)

著者:根田仁、発行所:八坂書房