きのこの雑学・ひらたけの雑学
ひらたけの人工栽培の歴史について


 「ひらたけ」の人工栽培の歴史は、13世紀(鎌倉時代)の初めに書かかれた「宇治捨遺物語(うじしゅういものがたり)」の中に、“篠村にひらたけを栽培する”と記されているように、「しいたけ」に次いで古くから食用に供されてきたことが分かっています。栽培方法も原木栽培から菌床自然栽培、空調ビン栽培と幅が広く、栽培きのこ類の中では最も栽培方法の多様なきのこです。
 初期の頃の栽培は、広葉樹原木を使用した長木栽培から始まったと思われますが、昭和初期には関西地方(岡山県が発祥地)の農山村を主体に、西門義一氏らによって短木栽培が普及するようになったと言われています。昭和30年代の半ば頃までは原木栽培が主流でしたが、連作障害が多く、産地が転々と移動して生産が安定しなかったようです。その後、久宗壮氏によってオガコ利用によるトロ箱栽培技術が開発されたことで一気に生産量が拡大し、栽培の主流を占めるようになったのです。昭和40年代半ばには、森本彦三郎氏による「えのきたけ」栽培技術を応用したガラスビン栽培が始まり、空調施設を使用した周年的な栽培が開始させるようになりました。昭和50〜60年にかけてPPビン栽培による施設空調型の完全周年栽培が主体となって生産量が急増し、平成元年には過去最高の36,000t程度にまで達するようになったのです。しかし、その後は「ぶなしめじ」に消費の場を席巻されてしまい、減少の一途を辿るようになってしまいました。主な生産県は、新潟、茨城、千葉、三重、山形県です。





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