きのこの雑学・しいたけの雑学
しいたけの菌床栽培の歴史について

 戦前の昭和12年に北島らにより開発された純粋培養種菌は、その後戦時下となったことで普及されることはなかったのですが、戦後になって農山村における経済復興の一事業として、しいたけ栽培が奨励されるようになり、原木による食用きのこの人工栽培が全国的に普及するようになりました。昭和30年代の後半に入ると「えのきたけ」や「なめこ」などのオガコを使用した菌床栽培が普及し始めるのですが、「しいたけ」の菌床栽培が実用規模で栽培されるようになるのは、昭和60年頃からで、食用きのこ類の中では極めて遅い時期となっています。その原因としては、「しいたけ」の原木栽培における技術レベルが高く、単位当たりの発生量が多かったために、採算的に十分適合して経営が安定していたためと言われています。

 日本で最初に菌床しいたけの栽培に関する研究を始めたのは、我孫子市にある農業電化研究所で、昭和42年頃から円筒型のオガコ培地を使用して施設空調型の栽培を前提とした人工栽培化に向けた研究が行われています。しかし、当時は実験に供した品種の問題もあり、発生したきのこの品質が原木栽培のものと比較して大きな差があったことから、実用化までには至らなかったのです。その頃、公設試験場では徳島県林業試験場が昭和43年頃から「しいたけ」の菌床栽培の研究に着手し、短期集中型の品種を開発したのですが、やはり実用化には至りませんでした。昭和45年頃には、原木不足を背景に、角型の袋培地を使用して空調施設で工業的に生産を行う「吉井式栽培法」という菌床栽培方式が全国に普及するようになったのです。しかし、種菌の製造や栽培技術等に問題があり、一時的なブームで終わってしまいました。それからしばらくの間、菌床しいたけ栽培は下火となっていたのですが、昭和53年に現在の種苗法が制定されて育成者権の権利保護制度が発足してから、「しいたけ」の品種改良の研究が活発化し、菌床栽培用品種の開発や栽培技術の研究が進み、昭和60年頃から実用化規模での試験栽培も行われるようになり、菌床栽培による「しいたけ」が市場に出荷されるようになったのです。菌床しいたけの生産量が統計資料に掲載されるようになったのは、昭和62年の4,000tが最初で、その後、原木生産者が減少するのを補うような形で、急速に生産量を増加させるようになって現在に至っているのです。





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